汎用性の高い一般型気動車として
全国で幅広く活躍し、地方ごとにデザインも多彩
登場:1977年
在籍:

  記載内容は2016年9月現在。
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 気動車最大勢力

  国鉄の「晩年」にあたる昭和50年代に、地方非電化路線の老朽車両を置き換えるために増備された一般型気動車がキハ40系列です。総勢900両近くが投入されました。以下の分類があります。

  キハ40:両運転台。つまり単行での運用が可能。40系列や58系列と組む場合が多い。また単行運転できるということで、閑散路線のワンマン列車用としても重宝されています。

  キハ47:片運転台で、デッキなし、両開き扉。47同士で2両組になることが多い。基本的に、後述の48が寒地向きなのに対し、47は暖地向き。やはりワンマン化されているものが多いが、構造上ワンマン運転にはやや不向き。

  キハ48:片運転台で、デッキつき、片開き扉。

  キハ41:キハ47を両運転台化した車両。もと連結面をそのまま運転台にしたため、平たい不細工な顔になってしまいました。播但線、山陰線に。

  キハ140:キハ40の出力を強化したもの。外見には変更ない。九州に在籍。

  キハ147:同様にキハ47の出力を強化したもの。九州に在籍。

  国鉄末期には、新車の導入に際して、遅まきながら地方のニーズに沿った工夫がみられるようになりましたが、そんななかで40系は、旧来の無機質・画一的な量産体制で造られた最後の系列でした。比較的新しい形式なのに動きが鈍重で(実際出力に対して車体が重いという難点がある)、設備的にも洗練されていないのは、こうした事情から「最大公約数」的なところで妥協した結果でしょう。JR化後にはエンジン換装などの改良が施されていますが、JR後の新型車と比べると「やはり国鉄製」という見劣り感が否めません。

  それでも、幹線からローカル線までこなせる汎用性の高さで重宝されており、老朽化で影が薄くなってしまったキハ58系に代わって、旅先で最もよく出会う気動車となっています。大半がワンマン運転に対応しており、車内は固定セミクロスシートが基本ですが、地域によってはオールロングシートに替えられたものもあります。また近年では、ジョイフルトレインやイベント車両への改造も多くなっています。

 各地のキハ40系

  キハ40系は北海道から九州まですべてのJRに属し、幹線からローカル線まで幅広く運用をこなします。JR化後に登場した新系列に道を譲った線区もありますが、過去の実績を含めれば、日本中大抵の地方路線を走ったと言っても過言ではありません。もともとは「首都圏色」(「たらこ色」とも言われる朱色一色の塗装)でしたが、民営化前後に各地方ごとの塗装パターンが登場し、現在もそのデザインは多種多様です。ワンマン運転に携わるものや、種々の改造を受けたものもあり、そのバリエーションは現状、他のどの系列よりも豊富です。

  ここでは、特に特徴のあるものを紹介してゆきます。

 JR北海道

  北海道の車両は、寒冷地仕様で側窓が小さい。社色のライトグリーンの帯をまといます。非電化区間が多い北海道においては、今も広く運用されています。

側窓が小さい北海道の車両 

 JR東日本

  JR東日本エリアでは、特に東北・新潟の非電化区間で広く活躍。羽越本線では、村上〜間島間にデッドセクションがあるため、電化区間にもかかわらずこの区間(広くは村上〜鶴岡間)を通過する普通列車がすべて気動車(キハ40系またはキハ110系・E120形)で運転されます。豪雪で知られる只見線はすべてキハ40系での運転。

東北の標準色。写真は只見線の列車 

新潟カラー。羽越本線にて 

  また五能線の「リゾートしらかみ」や「きらきら みちのく」など、キハ40系から改造されたリゾートトレインが多数あります。下の写真は、「リゾートしらかみ」のうち最初に登場した「青池」編成(現在ではHB-300系に置き換え)。キハ48の原型をとどめない大改造でした。後述のJR九州やJR西日本も、のちにキハ40系を改造した観光列車を多数送り出していますが、JR東日本がその草分けといえます。

リゾートしらかみ(青池)編成 

 JR東海

  東海車両はエンジン換装されており、オレンジと緑の「湘南色」の帯をまとう。(一部の車両は朱色にクリーム色の帯という国鉄一般気動車風の塗装になった。)高山本線や紀勢本線などで長距離の運用もこなしていました。新型車キハ25への置き換えや武豊線電化に伴うキハ25・75の配置換えにより、2015年度をもって全廃。JR東海は国鉄世代車の置き換えを一気に進めており、JR旅客6社の中で最も早くキハ40系が姿を消すことになりました。

JR東海のキハ48。高山本線にて 

 JR西日本

  キハ40系を最も多く引き継いだJR西日本。今でも高岡周辺(氷見・城端線)や中国地方で広く活躍しており、そのバリエーションも多彩です。かつては電化前の加古川線や、高速化前の姫新線(姫路〜佐用間)、廃止前の可部線非電化区間(可部〜三段峡間)でも運用されていました。

廃止前の可部線非電化区間にて 

  氷見線・城端線は、2015年3月の北陸新幹線開業に伴い北陸本線が第三セクター化されたことから、現在では他のJR線と接続しない孤立した路線となっていますが、ラッシュ時の一部列車が城端線から富山まで乗り入れます。なお、氷見出身の藤子不二雄A氏原作の「忍者ハットリくん」のラッピングが施された列車が運行されています。

城端線のハットリくん列車(現在はデザイン変更) 

  各地で独特の地方色をまとうキハ40系ですが、なぜか米子地区では、国鉄のローカル気動車に広く見られた首都圏色(朱色一色、別名「たらこ色」)のままずっと運用されてきました(このエリアではキハ58系キハ181系も最後まで国鉄時代のカラーリングで使われていました)。近年、JR西日本管内では塗装コスト削減を目指した車両の単色化に伴い、首都圏色への回帰が進められています。国鉄からの脱却を目指して広まったはずの地方色が、皮肉にも国鉄と同じ発想のもとに塗り戻されることになってしまいました。なお西日本車の多くに延命工事が施され、113系電車等のリニューアルと同じく窓や屋根周りがすっきりしましたが、車内に大きな変化はありません。

米子地区ではずっと「たらこ色」だった 

  播但線(寺前〜和田山間)・山陰線(豊岡〜浜坂)には、キハ47を両運転台化して単行運転できるようにしたキハ41がいます。もともと運転台のなかった側が平面的な「顔」に改造され、奇妙な姿になっています。

キハ41の先頭化改造側 

  2003年10月から、津山線急行「つやま」がキハ58系からキハ40系に変更され、2007年夏以降は全国唯一の昼行急行となりました。ただ、同じ区間にキハ40系使用の快速「ことぶき」があるにもかかわらず、ほぼ同等の速度・車両で「急行」を走らせることには不満も強かったようで、2009年3月をもって快速格下げとなりました。

急行「つやま」の最後はキハ40系での運転 

  一方でJR西日本も、キハ40系を観光列車用に改造し各地で走らせています。呉線の「瀬戸内マリンビュー」、山陰本線(仙崎〜新下関間)の「みすゞ潮彩」、播但線の「天空の城竹田城跡号」があり、さらに北陸新幹線開通に伴う観光キャンペーンの一環として、七尾線に特急「花嫁のれん」、城端・氷見線に「ベル・モンターニュ・エ・メール(べるもんた)」という舌をかみそうな名称の列車が15年10月に登場。「花嫁のれん」には、JR西日本に2両だけ残存するデッキつきのキハ48が改造され、JR九州に次ぐキハ40系の特急起用となりました。

呉線の「瀬戸内マリンビュー」 

  また、キハ47を昭和30-40年代風に改造した観光列車「ノスタルジー」が2016年春にお目見え。津山線など岡山北部で運行されています。

 JR四国

  JR四国では、徳島・松山エリアを中心に運用されています。白色と、社色である水色のツートン。なお2両が改造され、観光列車「伊予灘ものがたり」として予讃線旧線(海線)で運行されています。

徳島線で運転 

 JR九州

  JR九州でも、非電化のほぼ全路線でキハ40系列は活躍しています。出力をアップした車両もあり、それらはキハ140,147を名乗ります。

九州のキハ140 

  2004年春、九州新幹線新八代〜鹿児島中央間の開業に合わせ、JR九州は風光明媚な肥薩線を観光路線として売り出す戦略に出ました。熊本〜人吉間の急行「くまがわ」を特急に格上げの上、約半数を豊肥線特急「あそ」と統合して「九州横断特急」とし、人吉〜吉松間の観光列車「いさぶろう(下り)/しんぺい(上り)」号には専用車両投入、そして吉松〜鹿児島中央間には特急「はやとの風」を新設しました。この3者を乗り継げるダイヤが組まれており、鹿児島へは「表」の九州新幹線と「裏」の肥薩線という2通りのアプローチが可能となりました。(2016年3月改正で「九州横断特急」熊本〜人吉間および「くまがわ」は快速に格下げされました。うち1往復が「いさぶろう/しんぺい」の熊本乗り入れという形になっています。)

  それまでキハ31による「簡易お座敷列車」だった「いさぶろう/しんぺい」号に新たに投入されたのは、キハ140を全面改造した専用車両。赤茶色の車体で、車両中央部にはカウンター風のフリースペースが設けられ、その部分は天井近くまでガラス窓となっています。客室乗務員も乗り込む本格的な観光列車で、当初1両だったのが、のちにキハ47に同様の改造を施して増結し(ただし中央部のフリースペースはなし)、現在は2-3両編成を組んで運転しています。

キハ140+47の「いさぶろう」 

大胆にリニューアルされた「いさぶろう」の車内 

  その「いさぶろう/しんぺい」に吉松で接続するのが、同じく2004年春に登場した特急「はやとの風」。キハ40系が初めて「特急」として起用されました。(もっとも特段スピードが速いわけではなく、従来の高速列車としての「特急」というより、観光列車としての付加価値に「特急」のステータスを付与したといえるでしょう。)こちらもキハ147から改造された車両で、車内は木の質感を活かした大リニューアルを施され、「いさぶろう/しんぺい」と同様に車両中央部には「天窓」つきのフリースペースが設けられています。車体は黒。しかし出入り口の両開き扉に、ローカル列車の名残が見られます。

  同様の改造で、2011年の九州新幹線全通にあわせて指宿枕崎線に特急「指宿のたまて箱」が登場しています。なお「はやとの風」「指宿のたまて箱」は、2両編成のときには車掌不在のワンマン運転となり、客室乗務員が車内のサービス全般を受け持ちます。従来の特急の概念からは異例ずくめの存在です。

真っ黒な車体の「はやとの風」 

  また2015年には、キハ47を改造した「或る列車」が登場。これは豪華クルージングトレイン「ななつ星in九州」を世に送り出したJR九州が、今度はスイーツを供する観光列車をと企画したもので、これまでの改造よりさらに力を入れた仕上げになっているようです。

  このように、登場から40年近くを経てなお、JR東海を除く各社で活躍の続くキハ40系。国鉄車両の特徴といえる頑丈さと標準化された構造は、性能的には足を引っ張っている面があるとはいえ、それゆえに酷使や様々な改造に堪えられるのでしょう。

 

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